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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)843号 判決

上告人

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

鳥谷部恭

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

小山孝德

被上告人

近畿交通共済協同組合

右代表者代表理事

大和健司

右訴訟代理人弁護士

松森彬

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝呂木商太郎、同小山孝德の上告理由について

自動車損害賠償保障法一五条は、自動車損害賠償責任保険の被保険者は被害者に対する損害賠償額について自己が支払をした限度においてのみ保険会社に対して保険金の支払を請求することができる旨定めているが、その趣旨は、交通事故の加害者である被保険者が保険金を受け取りながらこれを被害者に対する損害賠償債務の履行に充てず、被害者が現実に損害賠償を受けることができない事態が生ずるのを未然に防止し、もって被害者の保護を図ることにある。右の趣旨に徴すれば、同条にいう「支払」とは、被保険者の出捐によって損害賠償債務の全部又は一部を消滅させ、これによって被害者に現実の満足を与えるものをいうと解すべきである。そして、被害者の受領拒絶を理由に被保険者が損害賠償債務につき有効な弁済供託をした場合には、右供託は、被保険者の出捐によって損害賠償債務を消滅させるものであり、かつ、被害者はいつでも供託金の還付を受けることが可能であって被害者に現実の満足を与えるものということができるから、同条にいう「支払」に当たると解するのが相当である。

原審が適法に確定した事実関係によれば、被保険者である生野運送は、被害者との間の損害賠償請求事件の確定判決に基づく損害賠償債務の全額を被害者に提供したが、受領を拒絶されたため本件供託をしたというのであるから、右供託をもって自動車損害賠償保障法一五条にいう「支払」に当たるとした原審の判断は正当である。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人溝呂木商太郎、同小山孝德の上告理由

第一点(原判決は自動車損害賠償保障法第一五条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一、原判決の引用する第一審判決は「被保険者である生野運送が本件供託をすることによって、生野運送の被害者らに対する損害賠償債務は消滅したことになる(民法四九四条)ことをも併せ考慮すると、本件供託によって、被保険者である生野運送は、自賠責保険会社である被告千代田火災に対し、自賠法一五条に基づく保険金請求権を取得したと解するのが相当である。」というが、弁済供託による債務の消滅は遡及効ある解除条件付消滅であるのみならず、損害賠償債務の消滅と損害賠償債務の支払とは、前者は被害者が損害賠償額を受領していないことにおいて明らかに異なる。混同による損害賠償債務の消滅は自賠法一五条にいう「自己が支払をした」ことに該当しないとする最高裁平成元年四月二〇日判決(民集四三巻四号二三四頁)に徴しても自賠法一五条にいう被保険者の損害賠償額の支払とは、被害者の損害賠償額の受領を意味するものであることはいうまでもないところである。

二、また、原判決の引用する第一審判決は「自賠法一五条が、自賠責保険の被保険者が先に被害者に損害賠償をしないと保険金を請求できない旨を規定しているのは、被害者に損害賠償金が支払われる以前に保険金を支払うと被保険者がその保険金を被害者に支払わずに着服する危険があるので、被害者を保護する見地から、被保険者の損害賠償金支払の先履行を要求しているものと解される。このような見地からすると、本件は、被害者である由井両名が、本件確定判決に基づく正当な損害賠償金の提供を受けながら、その受領を拒否したものであるから、同条の保護の対象者である被害者自らが、その利益を放棄しているものと解される。」というが、被保険者が供託を理由として自賠法一五条の保険金受領後、被害者が供託金還付請求権を行使して供託金を受領する前に、被保険者が供託金を取戻す可能性が存するが故に、原判決のいうが如き被害者の受領拒否をもって直ちに被害者が自賠法一五条の保護利益を放棄したものということはできない。なお、原判決は生野運送が「本件各供託について取戻権の行使をしないことを表明していること」が認められるというが、取戻権の行使をしない法的保証は存しないが故に、被保険者が供託金を取戻す可能性に変りはない。

三、自賠責保険も保険の一種であるから、被害者保護を図ると同時に、他の保険同様被保険者団全体の利益も配慮する必要があり、被害者が損害賠償額の受領を拒否している場合の被保険者の弁済供託による出捐に対してまで貴重な支払財源を使用することは、被保険者団全体の利益を害するというべきである。被保険者の右弁済供託による出捐は、被保険者の都合による恣意的なものであり保険保護に値しないものである。

四、原判決の引用する第一審判決は「被告らの主張を前提とすると、本件のように、被害者が確定判決に基づく正当な損害賠償金の提供を受けながら、その受領を拒否するという被保険者側の責任とは無関係の事情のために、被保険者が損害賠償金を供託しても、供託金取戻請求権が一〇年間の消滅時効によって確定するまでの間、被保険者が自賠責保険を請求できないことになるが、これは、被保険者に酷な結果となり、不合理であるといわなければならない。」というが、被害者の受領拒否(受領遅滞)により被保険者は遅延損害金の支払を免れ、また被保険者は自賠責保険金を受領し得なくとも供託金の取戻しにより何ら経済的不利益を被ることはないのであるから、上告人の主張は被保険者に酷な結果と評される理由は存しない。

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